清田産業株式会社

清田ダイアリー KIYOTA DIARY

農業問題を救う!? 世界に拡がるアグリテック

食のトレンドが映し出す生活者マインドと時代の空気

山下智子
株式会社ひめこカンパニー代表取締役女子栄養大学客員教授 山下智子

2019年11月01日

農業問題を救う!? 世界に拡がるアグリテック

 「アグリテック(=AgriTech)」。 農業(Agriculture)と技術(Technology)を掛け合わせた造語です。IT関連の新技術を導入して農業に新たな可能性を切り開く取り組みや、そのような新機軸を実現する技術やサービスなどのことです。
 近い将来、地球人口の増加によって食糧難が予想され、現在は、人手不足が深刻化。効率のよい生産性が高い農業のスタイルが求められていて、それを最先端の技術によって解決しようという取り組みが盛んに行われているのです。

アグリテックの先進国は米国

 米国は、他国に先駆けてアグリテックが拡がっています。中でもフルーツの一大生産地であるカリフォルニア州は、かなりのスピードで技術開発が進んでいます。もともと農業の担い手が不足しているうえ、IT企業が集積するシリコンバレーを抱え、先端技術を取り込みやすい立地にあります。さらに米国では、2019~22年にかけて農業労働に関する規制が厳しくなるため、労働者1人当たりのコストは2017年比で1.75倍になると見込まれていて、こうした状況がアグリテックの普及を後押ししています。
 例えば、ベリー類販売大手のドリスコール社は、労働力不足、水不足、農薬規制といった課題の解決手段としてアグリテックに着目。イチゴやラズベリーの畑で、アグロボット社が開発した収穫ロボットを活用し、収穫作業に携わる人を3~4割減らせないか検証をしています。
 米国の調査会社によると、農場で使う技術・サービスを扱うスタートアップ企業の資金調達額は、17年に前年の2倍に拡大していて、アグリテックが投資目的でも注目されていることが分かります。

畑とワゴン
いちご

中国は政府がアグリテックを推進

 中国でも、アグリテックが拡がり始めています。農業従事者の減少が続き、食糧自給率の低下が安全保障の観点から大きな問題になっていることが背景にあります。中国のドローン大手は、効率的に農薬を散布できる自動運転のドローンを開発。ドローンが農薬散布時に収集するデータをAIで解析し、最適な収穫時期や農薬の種類などを教えるサービスの事業化も予定しています。
 大手企業も、アグリテックを有望市場とみて次々に参入しています。アリババ集団やJDドットコムは、カメラによる顔認証技術を使って豚の顔色を分析。養豚の効率化を図っています。またファーウェイは、小型のセンサーを土壌に埋め込んで塩分の多い農地を改良するプロジェクトを進めています。
 中国政府も、スマート農業の推進を提唱。これを受け、地方政府がドローンの購入に補助金を用意するなど手厚い支援策もスタートしていて、農業改革機運が一段と盛り上がりを見せています。

農薬を巻くドローン

日本でも進むアグリテック

 一方、日本においても、同様の取り組みが始まっています。
 ダイエーは、肉牛にセンサーを取り付けて行動データを集め、事故や病気を防ぐ仕組みを導入していますし、日本ハムは、子会社の養豚場にカメラや温度・湿度センサーを設置。これまで目視で確認していた母豚の発情の兆候などをAIが判断するシステムを開発しています。
 一方、明治のグループ会社は、スマホで乳牛が発情するタイミングが分かるアプリを採用しています。乳牛は出産すると搾乳ができるため、効率的な繁殖が欠かせません。そこで、出産や病気などの記録や発情サイクルなどを個体ごとに計算して通知します。
 こうした動きの背景には、TPPや日欧EPAが相次ぎ発効され、カナダ産の牛肉や欧州産のチーズ、豚肉の輸入が増加。農家に打撃を与えているという背景があります。

豚小屋にいる豚
タブレットとテクノロジーのイメージ

注目のアグリテックは「ゲノム編集」

 また最近、日本で注目されているのは、農作物の遺伝子などを改変する「ゲノム編集技術」です。
 筑波大学の江面教授はこの技術を使って血圧の上昇を抑えるGABAを通常の4~5倍多く含むトマトを開発しました。ミニトマトのサイズで毎日2~3個食べれば血圧を抑える効果が期待できるといいます。
 同様の機能を持つトマトは、カゴメやタキイ種苗も手掛けていますが、いずれも従来品種の栽培法を管理することによってGABAの含有量を安定させ、機能性表示を可能にしたもの。しかもGABAの含有量はゲノム編集したトマトに比べると、数分の1です。さらにゲノム編集を活用すれば、従来は10年かかっていた品種改良が1年に短縮できる可能性もあります。
 一方、安全性や生態系への影響を懸念する声は根強く、早い段階で国民を巻き込んだ、倫理や制度面の議論を深める必要性が増しています。そんな中、厚生労働省は、ゲノム編集を使った食品について、一部を規制の対象外とし、届け出のみで販売を認める規制方針を固めました。今年中にもゲノム編集食品が食卓に上る可能性が出てきました。
 ゲノム編集には、別の遺伝子を挿入する方法と、切断して遺伝子の働きを壊す方法があります。厚労省は後者の方法について、自然界に起こる突然変異や従来の品種改良と見分けがつかないとして規制の対象外とし、有害物質が増えていないことなどを届け出れば販売を認めることになったのです。
 ゲノム編集を使った食品の規制については、世界で対応が分かれています。米国では規制しない方針ですが、EUは遺伝子組み換えと同様に規制するとしています。日本においては、生活者の4割超が遺伝子組み換え食品に不安を感じているという消費者庁の調査結果もあり、大手食品メーカーは、参入には慎重な姿勢を見せています。

ゲノム編集のイメージ図

この記事を書いた方

山下智子

この記事を書いた方

株式会社ひめこカンパニー代表取締役女子栄養大学客員教授山下智子

加工食品や飲料の商品開発、コンビニやデパ地下の惣菜開発、飲食店のトータルプロデュース、スーパーマーケットの戦略作り等、食業界および流通業界全般に渡り幅広く活動。外食、中食、内食、そのすべてを網羅する広いビジネス範囲は業界屈指です。1アカウント3,300円で購読できる「食のトレンド情報Web」を配信。毎春、その年の食市場のトレンドをまとめた相関図を公表、講演をしています。

http://himeko.co.jp/

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