清田産業株式会社

清田ダイアリー KIYOTA DIARY

食品中に含まれる化学物質の意義とその誤解2

改めて指摘したい無添加表示のナンセンス

長村洋一
一般社団法人日本食品安全協会理事長 長村洋一

2020年04月01日

食品中に含まれる化学物質の意義とその誤解2

 前回、「無添加」という言葉が消費者にどのようなイメージを抱かせているかを指摘した。それを利用した食品の無添加表示はさらに加速し、現在でも情報が混在している。
 今回はその無添加表示について、さらなる真実を掘り下げていく。

はじめに

 消費者庁は食品添加物表示に関する9回の検討会を経ていくつかの重要な結論を出した。その大きな結論の一つに、無添加表示に対しガイドラインを作成することになったこと、を挙げたい。

 そこで、以前私が自分の研究室の学生の卒業研究のテーマとして行わせた「保存料無添加」のナンセンスを実証した実験報告を基に改めて世の中で行われている無添加を表示するために行われている愚かな事例を紹介させて頂く。

 食品衛生法に従えば、保存料を使用していない場合は「使用していません」の表示の義務はない。それにもかかわらず、「使用していない」と表記するのは消費者が安全だと認識すると業者は読んでいるからである。

 ところで、「保存料は使用していません」の表記のあるおにぎりの添加物の表示記載場所を見ると、必ずと言っていいほど「pH調整剤」が書いてある。pH調整剤は立派な食品添加物なので、使用した場合は必ず表記しなければならない。

 我々は食品の日持ちを良くするために酢でしめて微生物の生育を抑制するということをしばしば行う。微生物の生育を抑制するために酢のような働きを有するpH調整剤を使用すれば、保存料を加えなくても加えた時と同じような効果を得ることができる。

 こうすれば、消費者は保存料の入っていない安全な食品であると感じてくれる。ところで、このpH調整剤と保存料は微生物の発育を抑制するためにどれくらい必要なのか、そして、pH調整剤で微生物抑制をしたときどちらの方が使用量を少なくて済むかが気になった。そこで、保存料とpH調整剤の静菌力の差を私の研究室の学生に実験してもらった。その結果、予想外の驚くような結果が得られた。

合成保存料の代替物質として使われるpH調整剤の実態

白身魚のフライ

 実験では、保存料としては消費者団体等がいつも目の敵のように攻撃するソル ビン酸カリウムを、pH調整剤 としては最も一般的に用いられていることから酢酸ナトリウムを使用してみた。

 その結果、図に示すように我々の実験系においては大腸菌(E.coli)の発育を抑制するために必要なソルビン酸カリウムの最小静菌力濃度(MIC)は5.8mg/mlであったのに対し、pH調整剤の酢酸ナトリウムのそれは51.2mg/m1と保存料の10倍近くの量が必要であった。

保存料の毒性指数を食塩と比較すると

 ところで、こうした化学物質にはその毒性の指標としてLD50という数値がある。これは、一定数の動物にその物質を投与した時にその50%が死亡してしまう数値である。従って毒性の強いものほどその数値は低くなる。

 しかし、毒性が強いほど数値が小さいというのは概念的に捉えにくいので、ここではLD50(g/Kg)の逆数に100を乗じた数値“毒性指数"定義させて頂いて化学物質の毒性を表させて頂くことにする。従って、毒性指数は大きければ大きいほど毒性が強いことになる。この考え方は特に一般市民にはこの方が良く理解されることを私の行っている講演活動から強く感じていることを付記させて頂く。

 そうすると、図に示すようにソルビン酸のLD50は4.2g/kgで酢酸ナトリウムのそれは3.5g/kgと報告されているので、毒性指数はそれぞれ、23.8と28.6となる。厳密に言えば酢酸ナトリウムの方が毒性は強いことになる。

pH調整剤の使用量は保存料より多くなければ腐敗を防止できない

 この結果が意味するところは、保存料を使用していません、の表示があるおにぎりを作るためには、毒性の低い保存料の使用をわざわざ止めて毒性の強いpH調整剤を使用するという奇妙な現象を産んでいることである。pH調整剤の本来の働きは食品のpHを調整する添加物である。そのような添加物で本来の目的とは異なる微生物発育抑制に用いようとすれば使用量が多くなるのは当然であろう。

 こうした行為は消費者に対する誤ったへつらいであり、決して消費者の安全を第一に考えた姿ではない。ただ注意して頂きたいのは、この結論を短絡的に見ていずれにしろ添加物を使用することが危険に感じられるかもしれないが、その必要はない。

 図に示したようにこの両者の毒性は食塩の毒性指数25.6と大差なく、食塩よりも使用量が少ないなどのことを考慮すればどちらを使用してもこの量では健康上の問題は全くない。

何故こんなことになったか

丸ばつに分かれる意見のイメージ

 しかし、大きな問題は「保存料を使用していません」と言いながら相対的には明らかに毒性の強い化学物質をその保存料よりも多く使用していることである。普通に考えれば保存料を使った方が良いはずであるのを、あえて不使用にしているのは、消費者がそちらを好むからである。

 どうしてこのような非科学的なことが、当たり前のように行われるようになったかということをよく考えてみる必要がある。その根底には「保存料は危険な物質である」という量を無視した固定概念で保存料を追放することに情熱をかけた方々の運動と、それを支援したマスメディアの報道の1つの結果であると私は判断している。

保存料の化学的本質

肉の加工食品の盛り合わせ

 ついでに知っておいて頂きたいのは、合成保存料もpH調整剤も化学的に合成されて作られている点においてもソルビン酸と変わりがない。さらに、両者ともに天然に存在するという意味においても同じである。

 天然だからどうこうという議論をするつもりはない、しかし一般の方は合成という言葉に危険という情報が刷り込まれている人が多い。この「天然」「自然」を『安全』と考える考え方の問題点は稿を改めさせて頂く予定である。

 最も追放の対象となっている保存料ソルビン酸は「ななかまど」という植物に存在するものであり、脂肪を構成している脂肪酸の類縁物である。従って、体内に取り込まれたソルビン酸は我々が脂肪を摂取した時に働く酵素によって分解され体内では水と炭酸ガスになって排紐される。

 ソルビン酸の摂取は生物化学的に言えば脂肪酸の摂取と同じと言える。実際、脂肪酸で分子量の小さなプロピオン酸は立派な保存料として認められているし、このプロピオン酸は多くの発酵食品に含まれているし、我々の腸内でも発生している。

pH調整剤酢酸ナトリウムもナトリウム供給源となる

 酢酸ナトリウムも酢酸のナトリウム塩であるという点において天然物であると言っても良い。しかし、同じ静菌効果を出すのに片方は約10倍必要であり、毒性は厳密にいえばpH調整剤である酢酸ナトリウムの方が高いのである。

 さらに、それだけ多く酢酸ナトリウムを使用することはそのまま、問題となるナトリウムの摂取を増加させることになる。保存料を使用しなくて酢酸ナトリウムを使用した食品は消費者に誤った心理的安心感を与えているのみで、消費者の健康を守るという立場からは全く意味がない。というより、使用すればするほど若干ではあるがソルビン酸より毒性の高い物質を消費者に摂取させることになる。少なくともナトリウムの供給という観点からは悪いのである。

この記事を書いた方

長村洋一

この記事を書いた方

一般社団法人日本食品安全協会理事長長村洋一

藤田保健衛生大学(現・藤田医科大学)において臨床検査技師教育を平成17年まで行い、その後鈴鹿医療科学大学の副学長を令和3年まで務めた。その間に食の健康に関する様々な問題に取り組み、正しい食の安全・安心情報が伝わる社会の実現を目指し日本食品安全協会を立ち上げ健康食品管理士/食の安全管理士の育成を行っている。

http://www.ffcci.jp/

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