清田産業株式会社

清田ダイアリー KIYOTA DIARY

フムスは中東料理か?欧州料理か?プラントベース食品の新潮流

世界各地の食文化や食卓から見える社会の様子

岡根谷実里
世界の台所探検家 岡根谷実里

2025年10月01日

フムスは中東料理か?欧州料理か?プラントベース食品の新潮流

 フムスの勢いがすごい。中東の小皿料理の一つと思っていたが、いつの間にかヨーロッパで人気者となり、スーパーマーケットで広い売場面積を占めるほどになった。しかも、本家にはない独自進化を遂げている。一体何が起こっているのだろうか。

中東料理「フムス」とは

ヨルダンの家庭の食事風景
ヨルダン家庭での朝食。中央にあるのがフムス。

 フムスとは、ひよこ豆のペーストだ。ゆでたひよこ豆をタヒニ(白ねりごまペースト)とにんにく、レモン汁などと共にミキサーにかけて滑らかなペースト状にしたもので、ホブス(平焼きパン)ですくうようにして食べる。レバノン、ヨルダン、シリアあたりの東部地中海沿岸地域で特によく食べるが、その他の中東諸国でもしばしば登場する。前菜の一つとして小皿で並んだり、朝食や夕食の食卓に大きめの皿で上ったり。ヨルダンの家庭での朝食は、ホブスにフムス、オリーブオイルにザータル(タイム似のミックスハーブ)、自家製のオリーブ漬けなどが並ぶのがお決まりだった。

 フムスは肌色のようなのっぺりした色で、見た目はまったく地味なのだが、味は抜群。豆の素朴で深いうまみをにんにくの風味とレモンの酸味が引き締め、シンプルながら食べ飽きない。スパイスや油多めのものが多い中東料理の中で、ゆで大豆を思わせるやさしい味わいで、一度食べた日本人は必ずと言っていいほどはまる。

ヨーロッパで人気に

オランダのスーパーのフムス売り場
オランダのスーパーのフムス売り場

 さて、中東料理と思っていたフムスだが、近年ヨーロッパのレシピブログやスーパーでよく見かけるようになり、ここ数年はもはやヨーロッパの食文化の一部のようになっている。中東からの移民が多いことや地理的に近いことが、一因だろうか。日本でも輸入食材店や都市部のスーパーで時々目にするようになったが、ヨーロッパはその比ではない。私が住むオランダでは、スーパーのハムやチーズのコーナーの隣に、各種スプレッドと並んで棚いっぱいのフムスが並び、中東では見かけないフレーバーもいろいろある。ピリ辛やカレー味、ビーツ入り、ドライトマト入りあたりまではわかる。さらにパンプキンやスパイシーマンゴーといった「デザートか?」と思うようなフレーバーまであるのだから、その進化には目を見張る。

スパイシーマンゴー味のフムス
スパイシーマンゴー味のフムス。案外おいしかった。

 進化しているのは、フレーバーだけではない。食べ方もヨーロッパの生活の中で独自の発展を遂げている。ポピュラーなのは、野菜のディップやサンドイッチのスプレッドとしての使い方だ。ホブスを入手して「中東料理として」食べるのではなく、ヨーロッパの日常になじむ形で取り入れられている。私の通う大学でも、「昼食のフムスと野菜のサンドイッチ」や「おやつに野菜スティックにフムスのディップ」などは、リュックサックからよく出てくる定番だ。

 マヨネーズやクリームチーズといった従来品に比べて、低脂質高タンパク、そして材料は植物性。ヘルシー志向な人々のニーズにがっちりはまる。日本では近年高タンパクが人気だが、ヨーロッパやアメリカ、アジアの一部の国々でも同じようにタンパク質ブームは加熱している。現代の生活において人間がタンパク質不足になったことなどないのに不思議でならないが、何はともあれ、フムスは高タンパクなプラントベース食品で、味も形状も食事に取り込みやすいし、その上日持ちがするので大変人気だ。

 植物性に関して一言付け加えたい。ヴィーガンは話題にはなるものの、一体どれほどの人が実際植物性の食生活を志向しているのか。Euromonitor Internationalが2021年に行った調査によると、ヴィーガンを宣言する人は3.4%と案外少ない。しかし動物性食品を控えるフレキシタリアンになると11.1%になり、肉を食べる量を減らしているという人は23.0%にも上る。動物性食品を避ける理由は様々だが、多くは「健康、環境、アニマルウェルフェア」のいずれかまたはその組み合わせ。オランダでは、街のカフェやレストランに行くとたいてい一つはプラントベースメニューがあるし、学食や社食では肉を提供しないところも珍しくない。程度の差はあれ、プラントベースは全社会的なトレンドと言って差し支えないだろう。

消費量のトレンド

 ヨーロッパにおけるフムス消費量を数字で見てみよう。KBV Reseaarch社のレポートによると、2020年から2024年でヨーロッパのフムス市場は12.3%成長したそうで、さらに2031年までに14.3%増えると予測されている。他の調査も概ね似たような数字で、いずれも2030年過ぎまで増加を続けるとしている。

 ところで植物性のタンパク質といえば、代替肉の方がよく話題になる。2017年頃から、大豆や小麦由来の植物性タンパクを肉に加工して肉に似せたものが次々と市場に出て、ヨーロッパのスーパーでは肉の隣に売り場が設けられるほどにすっかり定着した。しかしここ数年は撤退する企業も相次いでおり、売上が縮小傾向に転じている国もあるようだ。The Good Food Instituteによると、オランダでは、2022年から2024年にかけて代替肉の売上は9.4%減少した。敬遠されるようになった理由として、価格等と並んで「高度に加工されていること」が挙がるのは注目したい。特に健康的理由で植物性食品を選ぶ場合、大豆を姿も形もわからないまでに加工されてフライドチキンの姿になったものを日常的に買いたくはないだろう。私の周りにもヴィーガンやフレキシタリアンの人たちはいるが、「高いし加工されすぎて体にいいと思えないから買わない」という話は本当によく聞く。

ヨルダンのフムス

 その点、フムスは違う。加工食品ではあるものの、豆をゆでてミキサーにかけるという家でも作れるレベルの作業を代わりに工場でやっていると思えるので、抵抗が少ない。代替肉やヴィーガンチーズのように既存の動物性食品を真似るのではなく、フムスというそのままの形で、既存の動物性食品を置き換える形で浸透しているのだ。プラントベース志向は引き続き健在だが、超加工食品を敬遠し、より加工度が低く安心して食べられるものへと嗜好が変化してきている一つの例と言えるだろう。

プラントベースフード、次のステージへ

 フムスの他にも、伝統的に世界のどこかで食されてきた植物性食品で近年ヨーロッパで普及してきているものはいくつもある。インドネシアの発酵大豆製品テンペ、アジアの豆腐、中東のひよこ豆コロッケのファラフェルなどなど。いずれも、元の国では考えられないような新しい使われ方がされ、進化しているから面白い。

 オランダでは、豆腐は冷奴として食べることはまずなくて、ソースやスパイスで下味をつけて炒めたり、カレーソースで煮込んだりする。スーパーには、カットして味付けした豆腐や、燻製豆腐といったものもある。ヨーロッパの豆腐は日本の豆腐より硬くて崩れにくく、食材として使うのに適したものだが、それにしても「豆腐とは大豆の風味を薬味でさっぱりといただくもの」などとこだわっていては到底出てこない発想だ。肉の味や形を真似をするのではなく、豆腐の姿で勝負し、肉のポジションを置き換えている。

 日本は精進料理の文化もあって、伝統的な植物性食品は多いとされる。世界のプラントベースの潮流が変わってきている今だからこそ、本気で「昔ながらのプラントベースフード」に向き合い直す時なのではないだろうか。


参考文献
Eurominitor International, “Where is the Vegan Claim Headed?”, 2021.11.23, https://www.prep.euromonitor.com/article/where-is-the-vegan-claim-headed (2025.7.17 最終アクセス)

KBV Reseaarch, “Europe Hummus Market Size, Share & Trends Analysis Report By Distribution Channel, By Packaging, By Product, By Country and Growth Forecast, 2024-2031”, 2024.11,https://www.kbvresearch.com/europe-hummus-market/ (2025.7.17 最終アクセス)

The Good Food Institute, “Netherlands plant-based food retail market insights, 2022 to 2024”, 2025.6, https://gfieurope.org/wp-content/uploads/2025/06/Netherlands-plant-based-food-retail-market-insights-2022-2024.pdf (2025.7.17 最終アクセス)

付加価値の高い
食品・製品を開発します

清田産業では、メニュー、レシピ、調理方法、試作など、ご提案から開発までワンストップで対応します。豊富な経験と研究開発実績から、付加価値の高い製品開発を実現します。

  • 付加価値の高い食品・製品を開発します

    全国屈指の取扱原材料
    10,000種類以上

  • 付加価値の高い食品・製品を開発します

    多角的な視点からの
    課題解決

  • 付加価値の高い食品・製品を開発します

    掛け算のアイデアと
    開発力

ご相談やご質問など、
お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた方

岡根谷実里

この記事を書いた方

世界の台所探検家岡根谷実里

世界各地の家庭の台所を訪れて一緒に料理をし、執筆や講演を通して料理を通して見える暮らしや社会の様子を発信している。30以上の国と地域を訪れ、170以上の家庭に滞在。京都芸術大学食文化デザインコース非常勤講師。著書に「世界の食卓から社会が見える(大和書房)」など。現在オランダ在住。

http://kitchen-explorer.com/

当サイトでは、利便性向上を目的にCookie等によりアクセスデータを取得し利用しています。
詳しくは、プライバシーポリシーをご覧ください。