清田産業株式会社

清田ダイアリー KIYOTA DIARY

世界的なオリーブオイル産地モロッコ、干ばつで危機に瀕するオリーブ事情

世界各地の食文化や食卓から見える社会の様子

岡根谷実里
世界の台所探検家 岡根谷実里

2025年05月27日

世界的なオリーブオイル産地モロッコ、干ばつで危機に瀕するオリーブ事情

 オリーブオイルの値上がりがすさまじい。2023年末からの一年間で、小売価格は約二倍に跳ね上がった。直接の原因は、大生産地であるスペインの不作らしいが、スーパーの店頭で見るオリーブオイルの価格が冗談のような数字になり、気軽に手の出せないものになった。

 とはいえ近年あらゆる食品の価格が上昇しているし、輸入に頼る極東の国だから仕方ないかとも思っていた。ところが、オリーブ生産国のモロッコを訪れて、単なる物価上昇では片付けられない現実に直面することとなった。モロッコもオリーブ生産地だが、オリーブの木が干上がって実をつけず、現地の人々もオリーブオイルが買えなくなっているのだ。

多文化が交錯する豊かな食文化

 モロッコは、北アフリカに位置する国だ。北部の地中海性気候から南部の砂漠気候まで多様な気候帯を有し、紀元前から住むフェニキア人・ローマ人の文化を基底に、侵攻したアラブ・イスラム文化、旧宗主国のフランスやスペインのヨーロッパ文化など多様な影響を取り込み、豊かな食文化が育まれてきた土地だ。

オリーブ店

 とんがり頭の鍋で調理するタジン、世界最小のパスタのクスクスといった独特の食があり、高いところから注いで泡立てるミントティーは、爽やかな香りの虜になる。料理は野菜を多用し、香辛料やドライフルーツや塩漬けレモンを使って風味豊かに仕上げる。私はいくつかの家庭に合計二週間ほど滞在したのだが、スパイスを使いつつも辛くはないリッチな料理がすっかり気に入って、飽きることなく毎日食事を楽しみにしていた。

モロッコの台所にはオリーブオイル

 そんなモロッコの台所に欠かせない食材の一つが、オリーブオイルだ。

タジンを使った料理

 タジンを調理する時は、鍋にたっぷりのオイルを注ぐのが第一段階。スパイス類と玉ねぎをじっくり炒めたのちに、肉や野菜を加えて少量の水を注いで1〜2時間煮る。食卓の真ん中に鍋が置かれると、つい具材に手を出したくなるが、皆が手を出すのは鍋底にたまった汁。パンをちぎって手指のように使い、汁をぬぐって吸わせては口に運ぶ。この汁は、オイルに食材のうまみが溶け出したもので、それはもう絶品。「抜け殻になった野菜や肉よりもこっちの方が主役だよ!」というのも納得だ。

 朝食は、パンとオリーブオイルだけでも成立する。ちぎったパンをオリーブオイルに浸して食べるのだ。いちいち浸すのはまどろっこしいので、大家族では、丸ごとのパンの上からオリーブオイルをかけたのを各自ちぎって食べたりも。家で焼く平たいパンは素朴な味わいだが、良質なオリーブオイルがあるとそれだけで満足感の高い朝食になる。朝から晩まで、毎日毎食オリーブオイルがないとはじまらない。

平たいパンにオリーブオイルがかけられているモロッコの食卓の様子

オリーブの木があぶない

 さて、このオリーブオイルは、モロッコの重要な農産物だ。地中海に近い北西部で主に生産され、年間生産量は約18万トン。世界7位の生産国で、輸出国でもある(2022年, FAOSTAT)。栽培の歴史は紀元前に遡り、フェニキア人・ローマ人が始めたらしい。現在は多くの家庭で木を有していて、自家製オリーブオイルやオリーブ漬けも珍しくない。日本の柿の木のようなものだろうか。

 町外れを歩いていても、長距離バスで移動をしていても、オリーブの木はしょっちゅう目にし、モロッコらしい風景の一部を作っていた。単なるプランテーション作物ではなく、文化的に大事な作物なのだ。

 ところが、このオリーブの栽培が今危機に直面している。どこに行っても見かけるオリーブ畑だが、しばしばカラカラに干上がっているのだ。たとえば、商業の中心都市であるマラケシュの周辺。アトラス山脈に挟まれた土地でサハラ砂漠に近いこともあり、茶色い地面が見えていることが多い。数年前はそれでももう少し緑があったそうだが、長引く干ばつで地面はカラカラに干上がり、砂埃の上がる土地に。郊外の村では「もう4年もほとんど雨が降っていないよ」と言われて、にわかには信じられなかった。

干上がったオリーブ畑

 村のオリーブ畑には、ほっそりとした木が心許なさそうに立ち並び、立ち枯れしているように見えるものも多数。オリーブの木といえば、少量の水でも生き延びられて生命力が強いことで知られるが、そのオリーブがこんな姿になってしまうなんて。

 「これはおじさんの畑。昔は自家製オリーブ漬けも作れたけれど、今は到底無理。あっちの畑は木が伐られているでしょ?オリーブの木は強いから枯れたように見えても、根は生きていることがある。でも実をつけない木は価値がないと言って、伐る人もいるんだ」。19歳の青年が悔しそうに説明してくれた。

 水道水の供給もか細い。マラケシュの近くの新興住宅地の家庭では、蛇口をひねっても一日数時間ちょろちょろ出るだけなので、バケツに水を溜めてやりくりしている。シャワーを浴びるなどもってのほかで、バケツの水浴びを週に1〜数回だと言う。

 さらにモロッコ南東部の乾燥地域では、「去年の大雨が降るまで14年間ほぼ雨なし、子供の頃は手で掘った井戸から水をすくえていたのに、今は52メートルの深さの井戸からモーターで汲み上げているよ」という話を聞いた。この家はデーツ農家なのだが、乾燥に強いはずのデーツに水を与えて育てている。文字通り、砂漠に水を撒くような話である。それでも乾燥に耐えられず、枯れていく木もある。畑の隅に佇む枯れ木は葉がほとんどなく、「オリーブの木だよ」と言われるまで気づかなかった。この土地を襲う干ばつの厳しさは、私の想像できる域を超えている。

つながる世界の食卓

 長引く干ばつの影響は、家庭の食卓にもはっきりと現れていた。オリーブオイルの値段が高騰しているので、タジンを作る時はオリーブオイルを注いだのちに他の植物油(大豆油やひまわり油)を注いで併用。マラケシュに住む家族は、「10年前は1リットル30ディルハム(現在のレートで約450円)だったのが、いまはちゃんとしたのを買おうとすると120ディルハム(約1800円)もする」と不満をこぼしていた。

 価格高騰の背景にあるのは、干ばつだけではない。世界的な需要が高まる中で輸出が増えてきたという状況を知ると、自分の食卓を省みざるを得ない。「ヘルシー!」と喜んで購入し、価格が上がると「高い!」と文句を言っていたが、なんと自分勝手なことか。むしろ買わない方がよいのではないか。

 しかしこういう歪んだ状況は、何もオリーブオイルに限った話ではない。アボカドも、大豆製品も、自らの購買が世界の人々の生活にどう影響を及ぼしているのかと想像すると、良さそうと思っていた食品が一気にあやしく見えてくる。

 何か一つをやめたらよいという単純な話ではないが、食べ物のその先への想像力を持ち、一つ一つの食の選択に責任を感じていたいものだ。

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この記事を書いた方

岡根谷実里

この記事を書いた方

世界の台所探検家岡根谷実里

世界各地の家庭の台所を訪れて一緒に料理をし、執筆や講演を通して料理を通して見える暮らしや社会の様子を発信している。30以上の国と地域を訪れ、170以上の家庭に滞在。京都芸術大学食文化デザインコース非常勤講師。著書に「世界の食卓から社会が見える(大和書房)」など。現在オランダ在住。

http://kitchen-explorer.com/

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