清田ダイアリー KIYOTA DIARY
パスタの本場はイタリアだけか?
世界各地で進化しているパスタ文化
2026年10月23日
パスタほど、世界で食されているものもないだろう。世界の家庭を訪れていて、パスタを見かけなかった国を思い出す方が難しい。欧米の国々だけでなく、アフリカの農園でも、スパイス尽くしのインドでも、アンデスの山でも、世界のあちこちの台所の戸棚からパスタが出てくるのだ。この世界のどこかにパスタが行き届いていない国があるのだろうかと思うくらい、あらゆるところでパスタに出会うし、「ほとんど何も料理できないんだ」とうつむく男子がレパートリーとして挙げるのは決まって「目玉焼きとパスタ」だ。
パスタのすごいところは、その普及の広さだけではない。市販のパスタ袋を裏返すと、書かれた原材料は「デュラム小麦のセモリナ」、つまり小麦のみ。たった一つの材料を、形状を変えることで食感や味わいの可能性を広げ、さらにソースや調理方法で無限の味わいが生まれる。「それでも本場イタリアのパスタには敵わないよ!」と言う方もいるかもしれないが、あえて世界各地で独自進化しているパスタ文化を、見てみよう。
ぷよぷよゆでのタヤリン・ヴェルデ
「一番好きな料理は...タヤリン・ヴェルデ!」
美食の国と言われるペルーの家庭で、滞在していた家の娘さんがそう言った時、どんな料理なのかと胸が高鳴った。そそくさとスマホを取り出し画像を検索した。
結果が出た途端、画面が緑色になった。緑色のソースのスパゲッティなのだ。しかもジェノベーゼのような鮮やかな緑ではなく、クリーミーな緑でざらざらしている。まずそうではないが、ちょっと田舎くさい感じ。美食の国として世界中のシェフが注目するペルーで、緑スパゲッティ?
しかし家族はもうすっかり盛り上がっている。「タヤリン・ヴェルデが一番だよね!」と姉も父も加勢してきたので、「じゃあ今日の昼はタヤリン・ヴェルデにしよう」と母さんが腰を上げた。
料理はまず、パスタをゆでるところから始まった。この時点であやしい。今ゆでたら、ソースができるまでにぶよぶよにのびてしまうではないか。いや、もしかしてすぐにできるソースなのだろうか。しかし、母さんはおもむろにほうれん草の束を取り出して、葉をむしり始めた。道のりは長い。そしてフライパンに玉ねぎとにんにくを炒め、ほうれん草とバジルを加え、それをミキサーにかけ、チーズやエヴァミルクやビスケットなども加えてとろとろの甘いクリームを作る。母さんは味見して「うん、いい感じ!」と笑顔だが、私は麺が気になって仕方ない。
ゆで上がりから一時間ほど経った鍋のふたを開けると、ぷよぷよに太くなったスパゲッティの姿があった。「あんなに早くゆでるからだよ」と私は内心思っていたが、母さんはまったく問題に思っていない様子だ。ソースを麺にからめて食卓に運び、食べ始めてなるほどと理解した。この甘めでクリーミーなソースには、不思議とこのゆで加減の麺が合う。それに、ここは標高3000メートル近いアンデスの高地。水は約90℃で沸騰してしまうので、アルデンテにゆでること自体が難しい。このゆで加減になるのは、必然ともいえよう。そしてまた、家族はナイフで麺を短く切ってフォークで刺して食べていて、こうなるともはや麺ではなく米を食べているよう。ゆで方が変わると、食べ方も新たな可能性が開かれるということだろうか。
ちなみに後でインターネットでレシピを検索したら、まっ先に麺をゆでるのは標準的な作り方で、あの母さんの勝手な解釈ではないようだ。イタリア人が見たら気絶しそうだが、これがペルー高地で育った「おいしいパスタの食べ方」なのだ。

ゆでずに吸わせるムバクバカ
「イタリア人よりもエジプト人の方がパスタを食べていると思うよ!」
カイロのお兄ちゃんに言われたその言葉の真偽はさておき、たしかにエジプトのパスタ文化は目を見張るものがあった。ペンネで作るラザニアのような「マカロナ・ベシャメル」は、西洋やギリシャの影響を受けたエジプト料理。国民食と言われる「コシャリ」は、米料理に見えてマカロニも入り、ひよこ豆やレンズ豆、トマトソースとフライドオニオンをかけて食べる人気料理だ。

他にも、パスタの概念をひっくり返すユニークな料理が連日登場するのだ。なかでも感心したのは、畑仕事の合間に作ったムバクバカだ。
ジャングルのような中のなつめやし農家に滞在していた時のこと。「昼ごはん何にしよう」と畑の主サイードおじさんがつぶやいたので、どきっとした。だって、台所にはほぼ食材らしいものなどないのだ。この農園は最寄りの町から車で30分超、遠くはないが買物に出るには時間が惜しい。私たちが寝起きしていた建物は、農繁期の間だけ使う仮住まいの小屋で、冷蔵庫もない。だから連日、何もない台所からなんだかんだひねりだして食べるものが生み出されていた。
それにしても、この日は何もなかった。卵は昨日食べ終えてしまったし、畑のモロヘイヤも採りに行っていない。パンも切らしているし、いよいよ本当に今日はご飯なしなんじゃないか。

そんな心配をする私をよそに、サイードは棚をごそごそ漁って、何かの袋を取り出した。マカロニのようだが、ちょっと形が違う。ストローを5ミリ幅に輪切りにしたような形のパスタだ。そして外に出て行ったと思ったら、鶏小屋からハトを二羽捕まえて出てきた。ハトは、エジプトでは食用にされる肉だ。未だ何が起こっているのかわからないまま見守っていたら、彼はハトをしめて解体し、鍋に入れて火にかけた。「ハトは体は小さいけれどいい味が出るんだ」という。そうしてしばらく煮てからトマト缶を開けて加え、輪切りストローパスタの袋を開けてざざざっと投入する。パスタをゆでずにかたいままソースに入れることにびっくりしたが、鍋も一つしかない畑の台所には、実質この方法しかない。
そうして出来上がったパスタを食べたら、うまみをこれでもかと吸っていて悶絶した。一般的なパスタは、まずゆでて水を吸ったあとにソースをまとうけれど、この作り方だと最初からハト肉とトマトのスープでゆでるので、芯までうまみが吸収されるのだ。
考えてみれば、パスタはプレーンな味の乾物で、うまいものを吸い込むポテンシャルを持っている。米でリゾットや炊き込みご飯を作るのと同様だ。「パスタをゆでる」のではなく「パスタに吸い込ませる」発想に、うならされた一品だった。

糸のように細くて短いパスタで作るパエリア「フィデウア」も、パエリアと並んでファンが多い。人気の理由の一つは食感で、パリッとした部分とやわらかさがまじり、ぷつっとした歯応えも楽しい。

この糸のように細く短いパスタで、中東諸国ではデザートを作る。鍋で炒めて、香ばしい匂いがしはじめたところに牛乳と砂糖を入れて煮ると、ミルキーなデザート「シャアリーア・ビ・ラバン」になる。ちょっと甘いものが食べたい夜や気合いのない日の夕飯として登場することが多いのだが、麺が細いゆえに10分くらいでできて、本当に便利だ。水分少なめで作るとぷりぷりのプリン、多めだとお粥のよう。フィデウアと同じ素材とは思えないほど、食感も味わいも違ったものになる。

そうして世界各地で様々なパスタ料理に出会ってきたが、今私が気になっているのは、イランのマカロニ・タディグ(macaroni tahdig)だ。気になったら画像検索していただきたいが、ホールケーキのような見た目なのだ。スパゲッティ(イランではマカロニと呼ぶ)をゆで、スパイス入りミートソースと共に鍋で煮て、鍋底の「おこげ」を楽しむという。レシピによると30分以上煮るようで、もう麺の食感などなさそうだが、スパゲッティのおこげなんて面白いではないか。これはもともとイランにある米料理タディグをパスタと融合させたものだ。イランも「マカロニ(パスタのこと)はイラン文化!」と言って憚らないほど文化の一部となっているが、イタリアはおろか、世界でここにしかないパスタと言って過言でないだろう。
「パスタの本場といえばイタリア」と思われがちだが、世界各地で、それぞれの土地柄や好みを映した“本場の”パスタが楽しめる。どの形のパスタを使うのか、パスタのどんな特徴を生かすのか、どんな食感に生かすのか。イタリア料理という文化的文脈を一旦取り去って、パスタを単に素材として見てみると、世界には途方もない活用の可能性が広がっている。
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この記事を書いた方
この記事を書いた方
世界の台所探検家岡根谷実里
世界各地の家庭の台所を訪れて一緒に料理をし、執筆や講演を通して料理を通して見える暮らしや社会の様子を発信している。30以上の国と地域を訪れ、170以上の家庭に滞在。京都芸術大学食文化デザインコース非常勤講師。著書に「世界の食卓から社会が見える(大和書房)」など。現在オランダ在住。
http://kitchen-explorer.com/