清田ダイアリー KIYOTA DIARY
チョコレートの先に描く社会
日本の“健康志向”とオランダの“社会正義”
2026年04月13日
日本のチョコレート売場は健康方向に進化?
オランダに住み始めて1年半。久しぶりに日本に帰ると、これまで当たり前だった光景に、ふと驚くことがある。その一つが、スーパーのチョコレート売場だ。
近年、日本のチョコレート売場には、機能性を謳った商品がひしめいている。ストレス低減、腸内環境の改善、睡眠の質を高めるなど。文字だけ見ていると、おやつではなくサプリメントかと思うほどだ。ミルクが好きかビターが好きか、きのこかたけのこかといった区別しかなかった頃からすると、隔世の感。日本のチョコは「健康的な食品」という新たな扉を開いたといって過言でない。
健康チョコの先駆けは、おそらく明治の「チョコレート効果」だろう。1998年に発売されたこの商品は、カカオポリフェノールによる健康効果を全面に出したもので、パッケージも大人の落ち着きを感じる深緑色。それまでのおやつとしてのチョコレートとは一線を画す打ち出し方だった。
その後、特定の悩みに応えるような効果を謳う商品が増え出したのは、2015年頃かと思う。きっかけとしては、2015年4月13日に施行された機能性表示食品制度によって、トクホ(特定保健用食品)に比べて簡単な手続きで食品の「機能性」をパッケージに表示できるようになったことが大きい。チョコレートの原料であるカカオは、マヤ・アステカ文明の時代から薬のように使われていて健康イメージのある食品ではあるが、科学的根拠に基づいて機能性を表示するようになったのはここ10年ほどのこと。健康チョコの背景には、少子高齢化が進む中で大人にチョコを売るための努力が窺える。これも時代の中でのチョコの進化だと、特別疑問にも思っていなかった。

オランダのチョコレート売場はビジョンを謳う
ところがオランダのスーパーに行くと、チョコレートの売り方が全然違うのだ。売場で機能性を推す文言はほぼ見かけず、代わりに「ビジョン」が目につく。
たとえばオランダの代表的なチョコレートブランドであるTony's Chocolonelyは、180gの分厚い板チョコがアルミホイルと紙でラッピングされていて、切断されたチェーンのマークがついている。包み紙を開くと、中のチョコは規則正しい長方形のピースではなく、形も大きさも不規則な形に割れている。風味がよく種類豊富なのでよくお土産に買うのだが、Tony'sが支持されるのはおいしいからだけではない。
チョコレート産業は、児童労働や低賃金労働など、その不平等な構造がたびたび問題に上がる。その搾取に終止符を打って公正な世界にしようというのが、Tony'sのメッセージだ。労働環境に配慮したフェアトレードのカカオを使用し、ビジョンをデザインを通して伝えている。切断されたチェーンは、負の連鎖を断ち切ろうという意味で、大きさがバラバラなのは、チョコレート産業の不平等を表現している。そういったデザインに落とし込まれたメッセージには注意を向けずに食べることもできるが、包み紙の裏には全面に大きくチョコレート産業の課題と是正のメッセージが描かれていて、単に「おいしいね!」だけでは済まされない気迫を感じる。

売り場でTony'sの横に並ぶのは、Hands Off My Chocolate。ポップな色と柄に目が惹かれてパッケージを手に取ると、 “-54% CO2” といった温室効果ガス削減量の数字や、植物性ミルク使用の文字が、ポップなデザインの中に埋め込まれている。
このブランドは、チョコレート産業のもう一つの問題である、環境負荷の大きさに向き合い、低負荷なチョコレートを作っている。リサイクル素材のパッケージを開けると、中から出てきたのは、四角ではなく丸で分割される板チョコ。泡のようなぷくぷくしたデザインで、かわいらしい。ただし単にかわいいだけではなく、この丸の一つ一つには “Planet Love(地球を愛す)” , “Plant Based(プラントベース)” , “Our Planet(私たちの地球)” など地球環境に目を向けさせる強いメッセージが書かれている。
日本の商品でこんなに強く環境意識を打ち出すものはなかなかないから、正直はじめは「へんな会社じゃないだろうか」とドキドキした。しかしチョコを口にすると、素晴らしい口溶けと味わいで、そんな不信感は吹き飛んだ。乳製品の代わりに植物性ミルク使用と書かれているが、言われないと意識しないくらいしっかりコクがある。フレーバーも、チョコチップクッキーやピーナッツクリームといったちょっと変わったものが並んで、環境のことを抜きにしても魅力的な商品だ。

社会正義がものを選ぶ価値になる
Tony's ChocolonelyとHands Off My Chocolate、二つの商品に共通しているのは、それを買うことの先にある社会的影響を描き出していること。「あなたにとってどんないいことがある」というメリットよりも、「地球や社会にどんないいことがある」という大きな話が響くものかと不思議で仕方ないが、いずれの商品も割高にも関わらず支持されていて、全国のスーパーで買えるほどに普及している。日本でここまで主張を全面に出した商品を目にしたら手を出すのをためらいそうだが、オランダの市場では普通のこと。すべてのチョコレートがそういったメッセージ性を打ち出しているわけではないが、社会正義が商品の付加価値となり選ばれる理由の一つになっているのは間違いない。
オランダを含むヨーロッパの特に北西部では、歴史的経緯からソーシャルジャスティス(社会正義)への意識が強い。産業革命がもたらした労働搾取などの社会的ひずみへの反省が根底にあるようで、個人の権利や平等の確保、自然環境を搾取しないことといった「正義」が価値になる。
そう聞くと、お腹の調子が良くなるとか眠れるといった自分への直接的なメリットで買ってもらおうとする日本市場はモラルが低いのかという話になりそうだが、そういうわけではないと信じている。欧米社会と日本社会では、正義のあり方が根本的に違う。儒教思想に基づき、身近なコミュニティの和を尊ぶ人々には、産業構造とか地球環境といった大きなテーマはピンときづらい、ということなのではないかと思う。

「消費者の求めるものを作る」か「消費者を教育する」か
健康機能のある食品なのか、社会をよくする食品なのか。チョコレートひとつとっても、そこには社会の課題と関心が見え隠れし、光の当て方次第で発展する方向は様々だ。その方向性自体を比べてどちらがいいというものではないと思うが、Tony's ChocolonelyやHands Off My Chocolateの事例を見ると、顧客を「教育」し、欲しいもの自体を変えさせる企業矜持が、社会を少しずつ変える力を持っていることを実感する。
顧客が欲しがるものを提供し続けるだけでは、社会の歪みは変わらない。商品を通して、どんな社会を作りたいのかという企業と消費者の対話が行われる。そうすることで、想像しづらい大きな課題にも目が向くようになり、少しずつ選択が変わっていくのではないだろうか。スーパーの棚が、社会を変える対話の場になることを、日本でも期待したい。
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この記事を書いた方
この記事を書いた方
世界の台所探検家岡根谷実里
世界各地の家庭の台所を訪れて一緒に料理をし、執筆や講演を通して料理を通して見える暮らしや社会の様子を発信している。30以上の国と地域を訪れ、170以上の家庭に滞在。京都芸術大学食文化デザインコース非常勤講師。著書に「世界の食卓から社会が見える(大和書房)」など。現在オランダ在住。
http://kitchen-explorer.com/